ガラスの棺 第37話


明るい日差しが室内を照らし、開かれた窓からは涼やかな風が入っていた。穏やかな空気の中、部屋のベッドに横になっている人物の顔色をうかがいながら、長い銀髪の美しい女性は話しかけていた。

「御加減はいかがですか、ルルーシュ様」

声をかけられた人物は、穏やかな笑みを浮かべて答えた。

「だいぶ良くなりました。お気遣い有難うございます」
「あまり無理をしてはいけませんよ、生き返ったとは言っても、そのお体は一度死を迎えたのです。普通とは違うのですから」
「そうは言いますが、同じく生き返ったユーフェミアは・・・」

窓の外から明るい笑い声が聞こえてきたので、二人はそちらに視線を向け、くすりと笑った。

「あのように元気ですよ?」
「ユーフェミア様は確かにお元気ですが、ルルーシュ様はユーフェミア様とは違うのですから」

無理はしないでくださいね。と念を押されると、それ以上反論はできなかった。
ルーベンが、死んで間もないルルーシュとユーフェミアの遺体を治療後保管したことで二人は死後5年以上経ってから生き返るという奇跡を起こしはしたが、傷の大きさの影響か、自然と蘇生が始まったユーフェミアとの差なのかはわからないが、ユーフェミアは生前と変わらずに元気に走り回れるが、ルルーシュは日の殆どをベッドで過ごさなければいけ中った。それなのに無理をして動きまわるため、体を壊し丸一日以上ベッドに縛られるという状況になってしまう。
それが納得出来ないというルルーシュに、天子は優しく微笑んだ。
5年前はあれだけ大人びて見えていたルルーシュだが、こうしてみるとまだ少年なのだと実感させられる。ルルーシュは未だに18歳で、自分は19歳になったから余計にそう感じるのかもしれない。この若さでブリタニアと戦うための軍隊を、国を作り上げ、その後世界を相手に戦い、そして世界平和という目に見えない奇跡を残したなんて信じられないことだ。

「早くお体を治してくださいね。国民を心配させる皇帝は賢帝とはいえませんよ」
「その話はお断りしたはずですが」

ルルーシュの蘇生は、ミレイの映像が世界中に流れたため秘匿できなかった。もちろんユーフェミもだ。ユーフェミアとナナリーのやり取りも、オープンチャンネルで行われていたため、これもまた情報として世界中にながれていた。
悪逆皇帝の指示に従うゼロと元ラウンズ、そして黒の騎士団エースパイロット。元宰相シュナイゼルと、脅されたから協力したと宣言したはずの科学者達。
そして、そんなゼロに従うと宣言した中華連邦。
ありえない共闘だが、実際にそれが目の前で起こった。
その結果、人々はミレイからの謎かけの答えにたどり着いていた。
ゼロが、いやゼロ達が残した最後の奇跡が何だったのか。
初代ゼロが誰だったのか。
その謎が解ければフレイヤの罪も自然と明らかになっていく。
ルルーシュ側にフレイヤがあったのはダモクレス戦で勝利した後。
使用したのは何も無い空に1発だけ。
それ以外は常に敵の手にあった。
そしてその真実が暴かれれば、次々と真実が浮き彫りになり、これほどまでに情報が改ざんされていたのならば、ルルーシュ皇帝に対する評価そのものが真実だったのかどうかも調べられていった。ルルーシュが行なった情報操作は完璧であったが、生き返ったルルーシュがこれ以上罵られるのは許せないと、ゼロレクイエムの協力者達は持てる情報を開示した。そして、ジェレミアがキャンセラーでルルーシュのギアスを解除して歩いた結果、ルルーシュが成したとされる悪は、悪ふざけ程度の内容・・・自分より美人だという女性たちを罰した、愛猫を粗雑に扱ったものを罰したという根も葉もない噂程度のものしか残らず、悪行が取り除かれた状態でルルーシュ皇帝が何を成したのかを見れば、皇族・貴族制の廃止、医療・福祉関係の充実を図り、戦争で荒廃した各エリアのライフラインを整えたりという善政しか残らなかった。
初代ゼロとしてブリタニアを崩壊させ、世界から争いをなくすために自ら悪を演じた賢帝だったと知れ渡った結果、国民はルルーシュに再びブリタニアのトップに立って欲しいと切望するようになっていた。だがルルーシュはそれを断り続け、今はこうして関係者ともども合衆国中華に保護されていた。

「ブリタニアの代表はともかく、黒の騎士団は元々ルルーシュが作った組織、生きているならば戻って来るべきだと思うが?」

世界が平和となり、病を治療する余裕が出来たことで体調を回復させた星刻は、以前よりも体格が良くなったように思える。今の黒の騎士団のCEOも星刻が努めているため、ブリタニアなどどうでもいいからCEOとして戻って来いというと、天子はじろりと星刻を睨んだ。最終的には戻ってきて欲しいのは天子も同じだが、今はブリタニアという国の代表を据えることの方が大事なのだ。
ナナリーとカグヤはそれぞれの国で幽閉され、ブリタニアは現在コーネリアとシュナイゼルが支えていた。超合集国の議長は、天子が代理を務めている。できればそれもルルーシュにと思っているが、まずは体を癒しながらブリタニアを立て直し、そしていずれCEOと議長にという流れが望ましい。

「俺はもうゼロではない、ゼロはあいつに渡したからな」
「スザクはもうゼロではないが?」

星刻があっさり言うと、ルルーシュの柳眉が寄った。

「・・・何?」
「ルルーシュが生きている以上、自分はルルーシュの騎士だからゼロはやれないと言ってな、今はルルーシュがゼロだと皆は認識しているが・・・」
「あの、馬鹿がっ!」
「ルルーシュ様、そう興奮されてはお体に障ります。星刻、余計なことは言ってはいけません」
「これは失礼いたしました」

天子に叱られ、星刻は素直に頭を下げた。
そのとき、ノックもなく扉が開いた。
入ってきたのは新緑の髪の魔女。
手には好物のピザが乗った皿。
室内にピザの匂いが漂い、ルルーシュは嫌そうに眉を寄せた。

「何だまだ寝ているのか。ほら、昼飯だ」
「お前、今の俺にそれを食えと?」
「寧ろピザを食べないからそんな状態なんだろう?チーズにトマトソースに小麦粉、今日はシーフードだ。栄養バランスも完璧な最高の食べ物だぞ」
「栄養バランスがいいわけ無いだろうが」
「そうか?私はこれだけでも生きていけるぞ?」

そう言うとベッドの縁に座り、美味しそうにパクリと口にした。

「・・・それで、母さんとクロヴィス兄さんはどうなんだ?」

あの2つの棺も今はこちらにある。
定期的にルーベンたちも来て蘇生を図っているのだが、今のところ成果はないらしい。あの二人がお前ぐらい変態だったら言葉に反応して起きる可能性はあるが、さてどうだろうなとC.C.は言った。

「大体、クロヴィスはともかく、マリアンヌを生き返らせたいのか?」

それを聞かれると返答に困るが、死者の蘇生がルルーシュとユーフェミア以外にも可能ならば、今後この技術を生かしたい。なにせ脳が損傷していても、脳の復元にさえ成功すればあとから正しい記憶を入れ直せるのだ。それもあって中華も二人の蘇生に協力してくれていた。

「私は無理だと思うぞあの二人は」
「なぜそう断言できるんだ」
「先日中華にある遺跡に行って来た」

遺跡という言葉に天子と星刻は何の話だと顔を見合わせた。

「何のために行ったんだ?」
「お前とユーフェミアの魂のデータを私はCの世界から引っ張っただろう?ならば神を見ればなにか理解るかと思ったんだが」
「神?神様がその遺跡にいるのですか?」

天子は好奇心を瞳に宿し、星刻は胡散臭い話をするなと睨んできた。

「生命が生まれ、そして死んだ後に帰る場所。それを神と呼んだりCの世界と呼んだりする。まあその話はまた後でするとして、一つだけわかったことがある」
「なんだ?」
「お前が神にかけたギアスだよ」

ギアスという言葉に、天子と星刻はピクリと反応した。

「明日が欲しいとお前は願ったな。そして神はそれを聞き届け、時を止めるのを止め、時計の針を進める事を選んだ。だが、お前の死後世界はどうなった?確かに不確定な明日という未来を進んではいるが、人々はその未来に不安をいだき、明日という日の訪れを恐れ始めていた。明日という日を拒絶し始めていた」

会議の内容は分からなくても、各国代表が険悪なのは誰もが知っていた。
再び戦争が始まるのでは。
それは何時だ?
明日か?
来年か?
ようやく訪れた平和が崩れる時を人々は恐れた。
明日を望みながら明日を恐れる不安定な状況。
神は集合無意識。
明日を拒絶する意志に、明日を望む神のギアスが反応した。

「では、その明日を明るい未来として迎えるにはどうすればいいのか。なにかヒントはないかと聞いて回ったところ、カレンが面白いことを言っていた」

ルルーシュの墓が暴かれたあの日は代表たちが罵り合っていた。
その時の印象はそれだけだったが、その次の会議の時に、それまで心の奥底に溜まってた考えが溢れだした。今考えれば、無意識下にでもそんなことを思っていたなんてと、自分のことながらカレンは驚いたという。

「もし、代表達が争うあの場にユーフェミアがいたならば、きっとお前の意志を次いで、平和な世界を目指すため声を上げただろうと、あの娘は思ったらしい」

ユーフェミアなら。
ナナリーとは違い、自分の意志で人々を救おうとした彼女なら。

「・・・ギアスとは願いの具現化、カレンの思いにCの世界が反応したとでも?」
「カレンだけではないかもしれない。慈愛の姫ユーフェミアが生きていればという人々の無意識下の思いがユーフェミアの蘇生を促した。そう考えればお前が蘇生できたのも納得がいく」

ユーフェミアが行った虐殺は、ルルーシュがユーフェミアを操ったことが原因とされ、ユーフェミアは心優しい姫という名を取り戻していた。心から日本人を救いたいと願い、行政特区を実現させようとしたが、それをよく思わなかったルルーシュが薬を使い操ったのだと。シャルル皇帝の政策に真っ向から対立する政策を、弱者を救うため命がけて行おうとした聖女だと。
世界中の人々はルルーシュを恨んでいたが、先の戦いではルルーシュがいてくれればと望む者たちがあの場に集まっていた。恨みの思いも強いからなかなか蘇生はしなかったが、最終的にはシスコンの力が勝り蘇生した。

「こじつけにも程がある」
「だが、事実なら面白いだろう?」

C.C.はクスクスと笑いながら、ピザをぺろりと平らげた。

「ならば、人々がルルーシュ様の回復を神様にお願いすれば、体の調子が良くなるかもしれませんね!」

19歳となってもその純真さを忘れない天子は、C.C.の話を気に入ったのかあるいは信じてしまったのかは分からないが、キラキラと瞳を輝かせていた。

「こうしてはいられません、星刻行きましょう!ルルーシュ様、失礼致します」
「ルルーシュ、今日は一日寝ているように」

二人はパタパタと忙しく部屋を後にした。

「・・・C.C.」
「好きにやらせてやれ、成功すれば御の字だろう?」
「・・・すぐに止めてきてくれ」

俺の回復を祈るだと?何をする気だ天子!星刻!

「やれやれ、仕方ないな。ああ、お前の昼は今咲世子が作っている」

ピザはもともと私の昼食だ。
そう言い置いてC.C.も部屋を後にした。
一気に気疲れしたのか、どっと疲れが押し寄せてきたため、このまま寝てしまおうと目を閉じた時、ばたばたと駆けて来る音が聞こえた。そしてノックもなく部屋の扉が開かれる。

「ルルーシュ、起きてる?ご飯持ってきたよ・・・ってピザ臭い。C.C.来てたの?」

明るい声から一転、ピザの匂いに気づいた途端不愉快そうに眉を寄せた。
どうやらスザクとC.C.はあまり仲が良くないらしい。
スザクはピザの匂いをかぐだけで胸が悪くなるというほどだ。

「いや、済まないが」
「駄目だよ、お腹すいてなくても少し食べよう」

ほら起きてと、スザクはお盆をサイドテーブルに置くと、ルルーシュの体を起こした。

「・・・お前な」

俺は今寝てただろうと文句を言っても、食べるのが先と言って聞こうとはしない。一人用の土鍋の蓋を開けると、白い湯気とともに美味しそうな出汁の香りが溢れ出てきた。持ってきたのは熱々の雑炊だった。

「スザク、お前何勝手にゼロをやめているんだ」

食事の文句はもうやめて、そちらの文句をいうと、きょとんとした顔でスザクは首を傾げた。23の男がそんな態度をとるな、童顔男め。と内心毒づき、よそってくれた雑炊を冷ましながら口にする。
さすが咲世子、美味いと思わず頷く。

「だって君がいるのに僕がゼロをやる意味は無いだろ?大体シュナイゼルにゼロはルルーシュだから、偽物の僕には仕えた事は無いって言われちゃってるしね」
「・・・は?何を言っているんだ、シュナイゼルには」
「だから、あの人にとってゼロは君しかいないんだよ。君が戻った以上、僕の手伝いをする気はないって言われてる。だから君は諦めて、ゼロと皇帝やるしか無いよ」
「・・・ゼロと皇帝って・・・駄目だろ」
「大丈夫だよ、全部バレちゃったんだし」
「バレた?バラしたじゃないのか?」
「ほぼ正解を出された以上、知らぬ存ぜぬで通すのは難しいよね?」

ルルーシュ=ゼロ
その回答が出てからの世界の動きは早かったよねとスザクはしみじみと呟いた。
そうなるように仕掛けていたミレイに途中から協力していたことは、多分バレているだろうがスザクは口にしなかった。
ルルーシュの罪、スザクの罪、ユーフェミアの罪、シュナイゼルの罪、コーネリアの罪。皆罪を犯しているから、本来であれば上に立つこと無く贖罪の道に進むべきなのだが、人々はそんな罪人たちがすべき贖罪は国を、世界を導く事だと言ってくる。
といってもその中心人物がこの状態だから無理強いはしてこないが、ある程度回復したならば、必ずブリタニアの代表に、下手をすれば皇帝になれと言うだろう。そうなれば超合集国と黒の騎士団にも戻ることになる。
世界征服したときと変わらぬ状態になるとシュナイゼルは苦笑いしていた。
恨むなら、僕達に隠れて善政を行いすぎた自分を恨むんだね。
それまではのんびりしようよ。と、食事を進めるルルーシュを見ながらスザクは微笑んだ。


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書くの飽きたので、その後二人の遺体がどうなったかちょっとだけ考えてたのを書きなぐり。

肉体さえあれば、C.C.が記憶をダウンロードして蘇生できる。
つまり、「他人の記憶をダウンロードも可能」
※脳に蓄積されている情報は、ダウンロードされた人が得る。
そのことに気づいたC.C.が、ルルーシュ以外に話を通し試しにダウンロード。

マリアンヌの遺体にシャーリー。※マリアンヌ生き返っても困る。
クロヴィスの遺体にロロ。※クロヴィスが(以下略

結果

「え!?わ、私、ルルのお母さんになっちゃったの!?」
「僕、兄さんより年上なんだね。・・・でもこれで本当に兄弟になれた。今まで通り兄さんって呼んでもいいのかな・・・?」

※ルルーシュとシャーリーの悲恋を涙ながらに訴えたり、血のつながりはないが兄弟として共に育ったロロがルルーシュを守るため死んだ話をこちらも涙を流しながら訴えたミレイ。C.C.の話を聞き人々の関心が二人に行くよう仕組んだ。

これ書いたらあと5話ぐらい使いそうなのでネタばらしして終了。

36話